ひよっこ

「ひよっこ」(18)第7週「椰子の実たちの夢」(ノベライズ版から転記) <2017年上期NHK連続テレビ小説>

2017/05/25

今回ご紹介するのは、ノベライズされた「ひよっこ」です。

 

これ併せて読むと、放送を見た時、或いは見た後の興趣が何倍(大袈裟かな…何割増し)になるのですよ。

この感覚を、当blogを訪れて下さる方々にお知らせしなければいけない! と思い、記事としてUpすることにしました。

 

ノベライズ版で漢数字で書かれている部分でも、blogでは横書きの為アラビア数字が適切と思われる部分は変更を加えています。

 

以下に、NHKの作成している次回予告の動画が見られるページへのリンクを貼り付けておきますね。

第7週「椰子の実たちの夢」NHK謹製動画(NEW!)

 

この記事の下部に、他の放送回の情報(ノベライズ版・NHK謹製ダイジェスト動画)登場人物紹介とへのリンクを貼り付けてありますので、併せてご利用頂ければ幸いです。この行の青字部からでもその最下部へ飛んで行けます。

 

これは20分程度で読める記事です。

 

1.第7週「椰子の実たちの夢」(2017年5月15日〜20日)

 

第37話(5月15日)

 

「あの……この辺りで、この人、見かけませんでしたでしょうか?」

みね子は綿引と共に、目撃情報のあった街に赴き、父を捜し続けていた。だが、通行人は差し出された写真をちらりと見るだけで「さぁ」と冷たく通り過ぎてしまう。足早に歩く人波の中でぶつかっては頭を下げ、みね子は戸惑っていた。見知らぬ場所で見知らぬ人に、父を知らないかと問い続けていることは不思議な気分だったし、それでいて、自分から尋ねているくせに、もし「あぁ知ってるよ」と言われたらどうしようという気持ちもあった。

すっかり疲れてしまったみね子を、綿引は喫茶店に誘った。客が出入りするたびにカウベルがカランと楽しげな音を立てる。クリームソーダを一口飲むと、少し気分が癒やされた。綿引はまだ東京の人の多さを怖がっているみね子に、かつて先輩に言われたという話をした。

「東京は確かに人が多いけど、皆、俺たちと同じだって。ほとんどの人は東京にいた人じゃなく、東京に来た人たちなんだって。来て、いつの間にか東京の人になるんだって。東京はそういう人の集まりなんだって。で、そう思ったら、そんなに怖くなくなった」

「……東京の人かぁ」

颯爽と歩く都会の人たちも、皆どこかの田舎から出てきたのだろうか。みね子は窓の外を急ぎ足で行き交う人たちを、少しだけ違う目で見られるようになった気がした。

 

 

今日もまた、乙女寮では雄大を迎えてコーラスの練習が行われていた。今回は「椰子(やし)の実」という曲だ。雄大は曲の説明から始めた。

「海辺を歩いていたら、郷子の実が一つ流れ着いているのを見つけます。これはどこから来たんだろう、南の島なんだろうなぁ、どんなところなんだろうか……そして、どれくらい海を漂ってここにたどり着いたんだろう。海を漂っている間、どんな気持ちだったんだろう。心細かっただろうな。ふるさとを離れるのは寂しかっただろうな……。私と一緒だな。そんな気持ちを想像してみてください」

その言葉は乙女たちの心に響いた。思わず、ふるさとを遠く離れて都会に漂っている自分たちに置き換えてしまう。どことなく郷愁を誘うメロディーと相まって、心を込めて歌い終わったときには誰もが温かくも切ない表情になっていた。

練習の後、愛子は和夫に、そろそろ新しく入った子たちが心配だと話した。東京暮らしの緊張も解けてきて、仕事にも慣れ、そうするとふいに田舎が恋しくなってくるものだ。それに、故郷の親から何かと荷物が届く子もいれば、葉書すら届かない子もいて、その傾向もはっきりしてくる。そんなことも、新入社員たちをつらくさせることがあるのだ。そんな愛子の心配が現実のものになるのはそれから間もなくのことだった。

 

 

みね子たちの部屋では、優子が田舎から送られてきたハタハタのつくだ煮を配っていた。皆おいしいと言いながら頬張っていたのだが、なぜか澄子が一人しょんぼりしている。

「どうした? なんか嫌なごどあっだ? 言ってごらん」

幸子が問いかけると、澄子は肩を落としたまま答えた。

「なんか悪いなど思って、おれ……もらうばっかりで……ウヂがらはなんも送ってこねえから……なんか恥ずがしくて、勘弁してくれ」

「おめが恥ずかしいとか思う必要ね、絶対ね」

豊子が怒ったように言い、皆が口々に慰めると、澄子は、ここが好きだから寂しくはないと言って笑顔をつくった。仕送りしても葉書一枚送られてこないが、それも初めから分かっていたことだった。

「だから帰りだいとも思わないです。帰っても邪魔にされるだけだし。でも……ばぁちゃんには会いでぇなぁ……達者がなあ……。ばぁちゃんに手紙書きてえんだけんど……ばぁちゃん、字、読めないんで……」

皆がしんみりする中、澄子はもう一度「会いでぇなぁ」と言うと、ふっと笑った。中学に入ったばかりの頃の、ある出来事を思い出したのだ。

長年働き詰めだった澄子の祖母は、腰が曲がってゆっくりとしか歩けない。その祖母が一度だけ驚くような速さで走ったことがあった。澄子が学校でけがをして、帰りが遅くなったときのことだ。畑の中の一本道を澄子が一人帰っていくと、向こうから祖母が走ってきた。

「ばぁちゃん、腰がピン!とまっすぐになってで。それで、澄子!って向かってきて、走ってるわけですよ。おれ、びっくりしちまって」

澄子は祖母に抱きついて泣き、その後すぐ、祖母の腰はすっかり元に戻ってしまったという。皆に笑い話のように話したけれど、澄子はその夜、祖母を思って声を出さずに布団の中で泣いた。

 

 

第38話(5月16日)

澄子の姿が見えなくなったことにみね子たちが気付いたのは、翌日の終業後のことだった。もうすぐ夕食の時間だというのに、澄子が帰ってくる気配はない。

「晩ご飯には戻ってくるでしょ?」

みね子が言うと、幸子も「そうだね、今日はカレーライスだしね」と心配を吹き飛ばそうとするように答えた。カレーの日はいつも、澄子は気合いが入っていて、誰よりも早くお代わりしている。それくらい好物なのだ。だが、皆笑おうとしてもすぐに表情が曇ってしまう。

今日の澄子は朝から元気がなかったうえに、仕事中もボーッとしてミスを連発し、松下に「クビにするぞ」と厳しく叱責されていた。もちろん、本気でクビにしようというわけではない。だが、そう言われても仕方ないくらい、澄子は心がどこかに行ってしまっているように見えた。

夕食の時間になっても澄子は戻ってこない。隣のテーブルの寮生が、澄子が仕事の後、しょげた様子で外へ出ていくのを見たという。

「あの子、まさが」

みね子がつぶやくと、豊子が「ばぁちゃん……」と続けた。一瞬の沈黙の後、みね子、時子、幸子、優子、豊子は立ち上がった。愛子が驚いて声をかけたが、答える間もなく五人は食堂を飛び出していた。外はもう真っ暗だ。

 

 

みね子たちは上野駅へやって来た。祖母会いたさに、きっと澄子は故郷を目指したのだろう。 しかし、来てはみたものの、みね子と時子と豊子にとっては、上野駅は初めて東京に着いたとき以来だ。その広さと雑踏に、途端に心細くなってきた。しかし、今本当につらい思いをしているのは澄子のはずだ。早く見つけなければ。

「皆、バラバラにならないで。はぐれちゃうがら、私がら離れないで」

幸子が皆を先導して常磐線のホームを目指す。五人ははぐれないように固まって先を急いだ。全員が泣きそうな気分で必死に澄子を捜した。だが、その姿はどこにも見当たらない。

「澄子、乗ってっちゃったのがな」

みね子がつぶやくと、「もっど早ぐ気付いてあげればよがっだな」と、幸子は先輩としての後悔を隠せなかった。

ひょっとしたら寮に帰っているかもしれない。そんな一縷(いちる)の望みを持って、皆で引き返すことにした。すると、突然、いかにも怪しげな男がみね子たちの前に立ちはだかった。

「お姉ちゃんたち、どうした? 行くとこないのか? 迷子か? ハハ、どっかうまいもんでもごちそうしてやろうか? 腹減ってんだろ、なあ」

いやらしい目つきでみね子たちをなめ回すように見る。皆おびえてしまって声も出ない。さらに連れの男が「行こう行こう。仕事困ってるんだったら、いい仕事紹介してやってもいいよ」と迫ってくる。最初に声をかけた男が「よし行こう行こう」と豊子の肩を抱こうとした。

「触らないで!」

声を上げたのは幸子だった。

「なんだこのガキ」

「私だちは行ぎ場のない迷子なんかじゃない。ちゃんと自分だちの力で自分たちの場所で生きてます! バガにしないでください!」

幸子は男たちをにらみつけて一気に言った。だが、男たちはそんなことでひるむはずもなかった。薄ら笑いを浮かべ、今度は優子の手を引っ張っていこうとする。

「触んな!」

時子が男を突き飛ばした。

「何すんだこら!」「なめてると承知しねえぞこら」と、さすがに男たちも黙ってはおらず、すごむような目でじりじりとみね子たちに迫ってくる。

「逃げるよ!」

幸子の合図で、みね子たちは手に手を取って走りだした。振り返りもせず、人混みをかき分け必死で逃げた。走り疲れてようやく立ち止まったときには、もう男たちの姿はどこにも見えなかった。だが、皆笑顔はなく、言葉を失っていた。ただただ怖かった。そして悔しかった。

 

 

寮に帰り着くと、「どこ行ってたの? あんたたち」と寮生たちが駆け寄ってきた。説明する気力もないみね子が、澄子は帰っているのか尋ねると、返ってきたのは意外な答えだった。

「病院だって。向島中央病院から電話あって、愛子さんが行ってる」

一体何があったのかは全く分からない。5人は、今度は病院に向けて走りだすことになった。

 

 

向島中央病院に到着したみね子たちは、教えられた病室を探した。澄子は無事なんだろうか。誰も口にはしなかったが、最悪の事態すら頭に浮かんでしまう。

病室のドアを開けると、最初に目に飛び込んできたのは、穏やかな表情の愛子だった。そして、その後ろのベッドの上には、澄子がいた。しかも、座ってバナナを食べていた。

「澄子、どうしたのよ、あんた」

茫然(ぼうぜん)とした後、ようやくみね子が口を開いた。

「澄子、大丈夫なの?」と優子が気遣い、「なしてバナナ食べてんのよ、どこが悪いの?」と豊子が畳みかけた。この頃のバナナといえば高級品で、土産としてもらうか病気のときくらいしか食べられない貴重品だ。

澄子は皆の勢いに完全にけおされていた。

「あ……あの……おれ、銭湯に行ってで、その……なんていうか」

「銭湯の湯船で寝ちゃって、のぼせて、気を失って、救急車で運ばれたのよね」

愛子が助け船を出してやった。

「ハハ、はい、簡単に言うとそういうことです」

「難しく言っても同じだと思うけどね」と、飄々(ひょうひょう)と愛子が言う。

なんだ、それ。みね子たちはすっかり脱力してしまった。なぜ何も言わずに1人で行ったのかと幸子に聞かれ、澄子は大真面目に答えた。

「なんかゆんべ寝れねぐて、で、今日、仕事で失敗して怒られて。このままじゃダメだど思って、元気出さねどなんねと思って、銭湯行ってさっばりして、挑もうと思いまして。でも、寝でねがったから寝でしまって……ハハ」

挑むというのは仕事に対してなのか。それほど気にしていたのか。ところが、澄子の真意は違ったらしい。

「違いますよぉ。だって今日カレーの日じゃないですかぁ。元気ないとダメだべえ?」

皆があきれて腹を立てたのは言うまでもない。だが澄子は、皆がわざわざ上野駅まで行って、怖い思いまでして必死で捜してくれたことを知ると

「皆……おれのために? おれのごど心配してぐれで……」

「当たり前だっべよ」

みね子は心から言った。澄子は「だって……だってぇ」としゃくり上げる。泣きながらもバナナを食べ続けることは忘れなかったのだが。

 

 

なぜか時子が澄子をおんぶして帰ることになった帰り道、屋台のラーメン屋を見つけた。途端にみね子たちのおなかは盛大に鳴った。

「皆おなかすいてんでしょ? よし食べてこうか、愛子さんがおごるよ」

皆一斉に歓声を上げた。フラフラしていたはずの澄子まで、急に元気になる。

もし奥茨城に残っていたら、この仲間と出会うことはなかった。おかしな言い方ではあるが、これも父のおかげかもしれない。生きているということは、なんと不思議で面白いのだろうと、みんなでラーメンを食べながらみね子はつくづく思った。

 

 

第39話(5月17日)

さまざまな出来事が、寮の同室になったみね子たち6人の友情を確かなものにしていた。

忙しい毎日の中、時子はもちろん夢を追い続けていた。時には誰もいない川原に行って、1人発声練習をすることもあった。乙女たちは、そんな時子の夢を全力で応援していた。

ドラマのオーディションを目前に控えた日、食堂に集まったみね子たちは、時子のために模擬オーディションを行った。読書家の豊子は、オーディションでどんなことが行われるのかしっかり調べてきていた。時子と向かい合う審査員席に、みね子、幸子、優子、豊子、澄子が並んでいる。和夫が食堂の片づけをしながら見守り、仲間に入りたがった愛子もちょっとだけ参加して、模擬オーデイションは進行していく。審査員役のみね子たちが質問し、それに答える時子は、なまりもなく、なかなか堂々としていた。

「私が審査員だば合格だな」と優子が太鼓判を押し、「うんうん、大丈夫だよ、時子」とみね子も大きくうなずいた。しかし、時子にはまだ不安が残っているようだ。

「でもさ、私、こういう場だと大丈夫なんだけど、いざとなっと結構ダメなんだよねえ」

「そうなんだ。時子はふだんパリッとしてっけど、意外にいざとなっとダメ。そういうとき、私がいないとダメな子なのよ、ハハハ」

みね子の誇らしげな言葉に、豊子は「へぇ」といぶかるような反応をしたが、時子は真面目な顔でうなずいた。

「だからさ、みね子、一緒に来て」

みね子は驚いたが、これも親友のためだ。付き添いとして同行することにした。

愛子は時子に色紙を押しつけた。オーディション会場のNHKで、もし石原裕次郎に会ったら、 サインをもらってこいというのだ。優子は西郷輝彦、幸子は橋幸夫を希望し、和夫は山田五十鈴だけで他は要らないと、豊子に至っては高倉健がいいが丹波哲郎でも大丈夫などと言い、「おれは時子さん一筋ですから」と言っていた澄子までが「でも、植木等がいだらお願いします」と、皆が勝手なことを言いだし、緊張感に満ちていた模擬オーディションは大笑いで終わった。

 

 

オーディション当日、とっておきの服に着替えてみね子と共に玄関に出た時子は目を丸くした。 そこには、愛子を始め寮生全員が集合していたのだ。皆は「せえの!」の合図で声を合わせ、一斉に叫んだ。

「向島電機のスター! 助川時子さん、頑張れ!」

時子は感動して声も出なかった。皆が夢を応援してくれる気持ちがうれしかった。絶対に合格してやる、スターになってやる、時子はそんな決意を新たにした。

昭和40年当時、NHKは現在の渋谷ではなく内幸町にあった。みね子と時子は都電を乗り継いで内幸町に向かった。やっと到着したとき、入る前からみね子は圧倒されていた。ここでテレビ番組がつくられているのか。ふと横を見ると、時子の顔もこわばっていた。

テレビがお茶の間の主役になった時代、多くの少年少女たちがテレビに出ることを夢見るようになっていた。この頃、俳優になるには、劇団や養成所に入るか、もしくは新人オーディションを受けて合格する、その2つの道が一般的だった。

「わ、すごいね、なんか。時子はこごにいづも来るようになんだよ。有名になっても友達でいてよ」と言うみね子に、時子は「バカ」と笑ったが、まだ笑顔が硬い。

「ねえ、見てこれ」

みね子は愛子に押しつけられた色紙を出して見せた。昨日は石原裕次郎のサインをもらってこいと渡された1枚だけだったはずなのに、いつの間にか3枚になっている。

「愛子さん、加山雄三と小林旭も会えたらもらえって。皆いっかもしんないから、一応渡しとぐって……今朝」

「紅白歌合戦じゃないんだからねぇ」

思わず笑いだした時子に、みね子はホッとした。やっばり時子は笑顔の方が断然いい。

 

 

ところが、時子の笑顔はオーディションの控え室に足を踏み入れた途端に凍りついてしまった。派手なドレスに身を包んだ人形のようにきれいな子、ダンスのステップを踏んでいる男装の子、歌の練習をしている子もいる。皆華やかな雰囲気をまとい、場慣れした様子だ。緊張した表情を浮かべている子もいるにはいるが、やっばりあか抜けている。みね子には、時子がすっかり自信を失ってしまっているのが分かった。このままではまずい。なんとかしなくては。

「時子、高校の文化祭の演劇、覚えてる?」

みね子は文化祭で時子が「真夏の夜の夢」の舞台に立ったときのことを話し始めた。3日間の公演は評判が評判を呼び、どんどん観客が増えて、体育館に入り切れなくなった。皆、時子を見に来たのだ。時子が泣けば観客も泣いた。時子が笑えば、見ている者たちまでがうれしくなった。最後は拍手が鳴りやまなかった。

「そりゃね、茨城の田舎の高校の舞台だったかもしんない。でもね、私は思うよ、同じなんじゃないかなって。テレビとが映画とが、見てる人の数が違うだげで、見てる人の気持ちは同じなんじゃないかって思う。んだから、自信を持って。あんたはさ、皆をいろんな気持ぢにさせるこどができる人なんだよ。私はそう思ってる。分がっけ?」

「……うん」

時子の顔にかすかにほほ笑みが戻ってきたかなと思えたとき、名前が呼ばれた。時子はみね子に力強くうなずいてみせると、部屋を出ていった。時子を見送り、改めて辺りを見回せば、誰もがキラキラ輝いて見えて、みね子は心のどこかで、時子は落ちてしまうのではないかと思った。そして、そう考えてしまう自分が嫌でたまらなくなった。時子はみね子にとって、ずっとスターだったのに。

 

 

第40話(5月18日)

時子は間もなく戻ってきた。「なんか食べて帰ろうか。おなかすいた」と言う時子の顔を見て、 無理してふだんどおりの顔を装っているのが分かった。だから、帰り際、一度だけテレビ局の建物を振り返った時子が苦しげに唇をかむのを見てしまったときにも、みね子は何も言わなかった。

 

 

乙女寮では、部屋で幸子たちがやきもきしながら時子の帰りを待っていた。時子の気持ちを尊重して、帰ってきてもいきなりどうだったかなどと聞かないことに決めた。もっとも、聞かなくても、時子はともかくみね子の顔を見れば分かるはずだ。

そして、みね子と時子が帰ってきた。2人とも笑顔だ。時子は帰り道、みね子に選考結果を話し、寮の皆を心配させないように明るく帰ろうと決めたのだ。おかげで幸子たちには結果が分からない。オーディションのことには触れない微妙な会話が続いた。その空気を破ったのは、いき なり部屋に入ってきた愛子だった。

「おかえり。時子さん、どうだった? 受かった? 落ちた?」

その場にいた全員が固まった。

「ハハ……ハハハ……落ちましたぁ」

今まで気を張っていた時子だったが、笑顔はたちまち泣き顔に変わった。

「悔しい……悔しいよぉ」

時子はみね子と抱き合って泣いた。

オーディションはどんな様子だったのか。ひとしきり泣いた後、時子は語り始めた。

オーディション会場に足を踏み入れた時子の緊張は、居並ぶ審査員たちを見た瞬間に加速していった。

「私、とにかく緊張してしまって、で、なんでだか、緊張すればするほど、なまってしまって」

セリフを読むよう指示されると、頭の中では違う違うそうじゃないと思っているのに、声は震えて裏返り、ことごとくなまった。残念だけどまた挑戦してくださいと言われたときには、なんとかもう一度やらせてほしいと願い出たのだが、当然のことながら却下された。

「なるほどね。そうか、ならよかった」

時子の話を聞き終えた愛子の言葉に、皆は何を言いだすのかと驚いて愛子を見た。

「つまり、時子さんは緊張して、本来の自分を発揮できなかった。そうなんでしょ? じゃ、いいじゃない。諦める理由はないよね」

自分では完璧にできたと思ったのに落ちたならともかく、持っている力が出せなかったのなら、 また次に頑張ればいい、それが愛子の考えだった。

「そうかぁ、そういうことかぁ、次頑張ればいいのか……んだね」

愛子の言葉は、ゆっくりと時子の中にしみ込んでいったようだった。

「んだね、そういうこどだね」

みね子も大きくうなずいた。そして、愛子のように相手を楽にさせてやれる人になりたいとつくづく思ったのだった。とはいえ、その後、しっかり裕次郎のサインを催促するのを忘れない愛子だった。

 

 

それから、時子は表面的には何事もなかったかのように働いていた。だが、以前と比べて元気はなく、ふとしたときにつらそうな表情を浮かべる。川原で発声練習やセリフの練習をしているのをみね子がこっそりのぞくと、時子は一回セリフを言うたびに、すぐにため息をついては座り込んでいた。それに、夜眠っている時子の頼には涙の跡があり、「もう1回やらせてください、 もう1回……」と絞り出すような声で寝言を言った。夢の中でまでオーディションを受けて苦しんでいるとみえる。

そして、みね子は考えた末、時子のためにある人物に手紙を出したのだった。

 

 

第41話(5月19日)

日本橋の安部米店では、三男が朝早くから働いていた。奥からは善三とさおりがそれぞれ朝食に呼ぶ声が何度も聞こえる。三男はポケットから手紙を取り出して読み返していた。それはみね子からで、『時子を元気にしたいのです。どうか、よろしくお願いします』と切々とつづられていた。幼なじみのピンチに三男が黙っていられるはずはない。ただし、時子に会いに行くためには、1つ乗り越えなければならない面倒なハードルがあった。

相変わらず仲の悪い父娘に挟まれ、パンと味噌汁という和洋折表の朝食が三男の定番だ。三男が何か言おうとしているのを察したさおりが、「分かってる三男君。本当はパンが食べたいのに、遠慮してんでしょ? 偉くもないのに偉そうにしてる人に」と嫌みな口調で言えば、善三が「本当は米が食いたいんだろ? でも怖いんだよな。分かる、分かる。おっかねえもんなあ、女のクセになあ」とあてこすりを言う。三男を間に挟んでまた喧嘩になりそうなところで、三男はなんとか切り出し、「あの……、今度の日曜日、休みください。お願いします!」と頭を下げた。

「日曜はお前、定休日じゃねえだろうが」

「そごをなんとが……一緒に茨城出てきた仲間3人で会いたいんです。そのうちの1人が、ちょっといろいろうまぐいってなくて、励ましてやりてえんです」

「前に話してた、女の子だ」

さおりはすぐに気付いたらしく、面白くなさそうな顔をした。善三は善三で、 さおりと2人だけになってしまうと言って渋る。休暇をくれるのかくれないのかはっきりしないまま、途方に暮れる三男を挟んで、善三とさおりは無言で朝食を食べるのだった

 

 

く晴れた日曜日、みね子と時子は精いっばいのおしゃれをして日比谷公園にやって来た。都会の真ん中の公園では、生い茂る緑までもがハイカラに見える。時子は「あ〜、こごよく映画に出てくるとこだよ」と大きな噴水を見上げた。公園のシンボルの噴水が、涼しげな水しぶきを立てていた。

「でもいがったね。三男、日曜日に休みがとれでさ。たまたまさ」

みね子は「たまたま」をつい強調してしまう。

噴水が高く上がり、空中に美しい虹を描いた。なんてきれいなんだと見とれていると、水しぶきが低くなり、その向こうに見えてきたのは三男だった 。何やら格好つけた上着など着ているではないか。みね子と時子は同時に噴き出した。

「なんだよ、何がおがしいんだ? 格好いがっべ、なぁ、三田明(みたあきら)みたいだっべ? 惚(ほ)れ直したが、 時子」

「惚れ直すも何も、もともと惚れてないわ」

再会した途端に、奥茨城で毎朝バスに揺られていた頃の3人に戻るのがみね子は不思議で、そしてうれしかった。

「仕事、大丈夫だったの?」

みね子が尋ねると、三男は一瞬言葉に詰まったが、「おう、全然大丈夫だったよ。楽しんでこうって送り出されたよ、ハハハ」と笑った。実際は、さおりからも善三からも「行くの? やっぱり、どうしても?」「俺たちを2人にして、それでもどうしてもお前は行くのか?」と思い切り恨みがましい目で見送られたのだが、それを言うわけにはいかない。

3人は銀座へと繰り出した。銀ブラというわけである。この頃の銀ブラの定番といえば、銀座通りとみゆき通りをブラブラ歩いて、デパートで買い物をして帰るというコースだ。もちろん3人に買い物や食事を楽しむお金の余裕などなかったが、華やかなショーウインドーをのぞき、最新のファッションに目を輝かせていると、それだけで少し大人になったような気がしたし、3人でいればずっと笑っていられた。

 

 

夕方、日比谷公園に戻ってきた3人は、すっかり疲れ切ってベンチに座り込んだ。

「どごさ行っても人だらげだな。一体どっから湧いてくんだっぺ、あんなに人が」

三男にはいまだに東京の人の多さが不思議で仕方ない。みね子が「そん中の一人だよ、私たちも」と言うと、「あ、そうが」と頭をかいた。

「でも楽しかった。いろいろ見られて、うん」

時子は間違いなく心から楽しんでいた。

「高くて全然何も買えながったけどねえ。いづになっか分がんねえけどさ、頑張ってお金ためて、買えるような人になりてえなって思ったよ。そりゃ世の中にはさ、根っからのお金持ちもいんのかもしんないけど、今日のデパートとがにいだ人は、頑張った人たぢなんじゃねえかなって。だって皆、すごく楽しそうな顔して買い物してたよ。あれは、頑張った人たぢなんだよ、きっと」

みね子は、今日一日銀座を歩いてそう感じたのだった。

「確かに楽しそうだったなぁ、皆」

そう言って三男もうなずいた。

「買わなくても楽しかったよ、ね。ありがとう……みね子でしょ? みね子がさ、私のために、三男に頼んだんでしょ? 今日のこど。三男も無理してくれてありがとう。休むのは本当は大変だったんでしょ? ごめんね、ありがとう」

時子には最初から分かっていたのだ。みね子の心配も、三男の無理も。時子は「あ〜あ、人から心配される人になってしまったなぁ」と自嘲するように続けた。みね子が「どういうこど?」と尋ねると、時子はなぜ女優になりたいと思ったのかを静かに話し始めた。

もちろん芝居が好きだし、さまざまな役を演じている間、自分とは違う人生を歩めるのもすてきだと思う。でも、いちばん大きいのは、映画などを見ているときには嫌なことも心配なことも全部忘れてしまうということだ。それはすごいことなのではないかと、幼いときから思ってきたのだった。

「私なんかさ、恵まれてる方だと思うんだよ。でもさ、もし恵まれてんだったら、弱ってる人とが、つらいこどたくさんある人がさ、私が出てる映画とが見てさ、その間だけいろんなこど忘れられるような人になるべきなんだって……そう思ってた。東京来てね、皆、いい子たちで、応援してくれてさ。でも、皆それぞれつらいこどとかあって、皆見てると余計にそう思った。なりてえなって。でも、逆に皆に心配される人になってしまった。まいった」

時子は、単なる憧れや、スターになって華やかな生活がしたいとか、そんなことではなく、人を幸せにしたいという夢を持っていたのだ。みね子はそれがすてきだと思った。だから言った。

「諦めたわげじゃながっぺ」

時子はうなずいたが、表情は暗かった。東京に来るまでは自信があって、放送局に行けば「君を待っていたんだ!」なんて言われるのを想像していた。でも、実際は全く違った。

「星の数ほど私みだいな女の子はいて、その中の一人なんだなって……そしたら急に怖ぐなってきた。なりたいって気持ちが強くなればなるほど怖いんだよ」

夢を持っているが故の怖さなのだろう。みね子は想像することしかできなかったが、時子がつらい気持ちでいると、みね子もつらくなる。

すると突然、三男が手をたたいて立ち上がった。

「よし決めだ、時子。女優諦めろ。で、俺の嫁さんになれ」

今の時子の話を聞いていながらそれはないだろうと、みね子はムッとしたが、それ以上に時子はイラついた。

「女優ダメなら俺は絶対お前を嫁さんにすっかんな、絶対だ。絶対そうしてみせる」

「なんだそれ、ダメって決まったわけじゃないよ、最初だから緊張しただけだ」

「ダメダメ、諦めろ、な」

三男と時子のやり取りを聞きながら、みね子には三男の真意が分かってきた。

「冗談じゃないわ、絶対やだね、あんたの嫁さんなんか」

「だったらなってみろよ、泣ぎ言言ってねえでよ! めそめそしてっと嫁さんにすっと。分がったか」

「バカじゃねえの。分かったよ、なってやるよ。死んでも嫌だね、あんたの嫁なんて」

「死んでもってお前、そごまで言わなくてもいいだろうがよ! 死ぬよりましだっペ!」

三男なりの励ましであることは、時子にも分かった。

いつの間にか、3人はふざけ合いながら笑っていた。そして、3人は気付かなかったが、離れたところで三人のやり取りを見ていたさおりが、寂しげな顔でそっと踵(きびす)を返して去っていった。

時子と三男の話を笑いながら聞いていたみね子は、心の中で父に語りかけた。

……お父さん……三男はいい奴です。そして切ない恋心です……恋をしているんだなって思い ました。三男は本当に時子に恋をしていて……時子は女優さんという仕事に……恋してるんだなって。私は……まだ恋をしていないのかな……と思ったりしましたよ。

 

 

第42話(5月20日)

さて、その頃、奥茨城村で家族たちはどうしているのかといえば……。

よく晴れたある日のこと、きよが大事そうに風呂敷包みを抱え、道を急いでいた。鼻唄など歌いながら実に楽しそうだ。きよが目指していたのは谷田部家だった。

「お邪魔するよぉ! ハハハ」と戸をガラリと開けると、「あぁ来た来た」と迎えたのは美代子と君子だ。

「楽しみにしてだんだ今日を、あんたらとしゃべんのをよ、ハハハ」

きよは早くも笑いが止まらない。風呂敷の中身は、3人で食べようと持ってきた差し入れだ。きよの勢いに押されたのか、仕事をしていた茂が立ち上がった。

「きよ。おめえとご、亭主いっか? ウチに」

「いるよ、そりゃ他に行ぐとごねえもん。たまにはどっか遠ぐまで出がけでほしいもんだわ」

茂は、機械のことで征雄に相談があるというのを理由に、「どうせ男の悪口言いたい放題言うんだっぺ、聞いでられっか」と逃げるように出かけていった。

続いてちよ子も立ち上がる。

「あんまし子供に聞かせたぐない話すんの?」

「いやあ、そんなこどは……ねえ」「んだよねえ」「んだ……なぁ」と、美代子たち三人の歯切れは実に悪い。察したちよ子は、進を連れて外へ出ていった。なかなか賢い子なのである。

 

 

「でもさ、きよさん、ウチの方は大丈夫だったの? 出でくんの」

君子がきよに尋ねた。

「なんだがぶつくさ言ってたけど知っちゃこっちゃねえ」

きよは、出かける前に夫の征雄と少々もめた。「仕事いぐらでもあんのに。遊びに行ぐつもりじゃながっぺな」と苦虫をかみ潰したような顔の征雄に、きよは「私は行ぐ。誰がなんつっても行ぐ。あんたが今死んでも私は行ぐ。離縁だと言われでももちろん行ぐ」と宣言し、出てきたのだ。

「革命だね、きよさんの。革命起こしたんだねぇ。これがらは女の時代だよ、その扉を開げたんだよ、きよさんは」

君子は心底感心したように言った。革命と言われても、きよはピンときていなかったが、褒められたことですっかり気をよくした。

「んで、子供らがら手紙来っか?」

きよが口火を切った。やはり、まずは東京へ出た子供たちの話題だ。君子が、たった一度だけ来た『元気です。時子』と書かれた葉書を見せると、あまりに時子らしく、そして間違いなく元気に違いない便りに、美代子もきよも笑ってしまった。

「ちっちゃい頃がら、意思が強いっつうが、何するが分がんないとごある子でねえ」

君子が話し始めたのは、時子の「落とし穴事件」だった。それは時子が小学校に上がったばかりの頃に、生まれたときからかわいがっていた牛を売らなければならなくなったときのことだ。

「泣いで泣いで、そごまではかわいいんだけど。あの子、いよいよ業者さんが引き取りに来る前の晩に、ウヂの前の道、徹夜ででっかい落とし穴掘ったんだよ。業者の車が入れないように」

そして、翌朝早く用事で外に出た時子の父が、穴に落ちた。

「知らずに業者さんの車が来たら、大変なこどんなってたよ。亭主でよがったよ、本当に」

君子の話を美代子は笑って聞いていたが、きよはなぜか笑いたいのを我慢している。

「聞きにぐいこど聞くけどいいが、美代子。今みだいに亭主の話みだいなすっとぎ、どういうふうに気遣ったらいいがね、あんたに」

きよは、行方不明の実のことを気にしていたのだった。美代子は答えた。

「全然気遣わないのがいいんだ。気遣われんのやだよ」

「そうが、分がった、君子、今のとご、もういっペん言って」

「え? えっと……落ちたの亭主でいがったよぉ」

君子が改めて最後のオチを話すと、きよは思い切りガハハと笑った。つられて美代子と君子も 大きな声で笑った。

「で、三男君は手紙は?」

子供の話に戻って、君子はきよに尋ねた。

「ああ来た。なんだが、えらいしっかりした手紙でよ、角谷家の皆様とが書いであって。仕事は順調だと、皆いい人で、大事な仕事を任されてる。やりがいのある仕事ですなんて書いでいだ。お母ちゃんも体に気付けでなんて書いであるもんだがらよ、泣いだ泣いだ、もう」

それを聞いて美代子も君子もすっかり感心してしまった。ところが、きよはさすが母親だ。よく考えてみたら、そんなにすぐに大事な仕事を任されるわけがない。三男はそうやって見栄(みえ)を張るところがあるのだ。本当のところは苦労しているに違いない、そう見抜いていたのだった。

「ただ、米屋のご主人はいい人らしい。丁寧に挨拶の品なんか送ってきた。息子さんをお預がりします。ご安心くださいとが書いであってよ。ただな、その品がな……バガなんじゃねえがと思うんだ」

一体どういうことなのかと、美代子も君子も身を乗り出した。なんと、送られてきたのは米だというのだ。

「売るほどあるわって話だわ。しかも、新潟の米だ。喧嘩売ってんのがって亭主とが怒るしよ。しかもだ、この米は最上級で日本橋の料亭に卸しているもんだどが書いであってよ、何が日本橋の料亭だ。なぁ」

「で? 食べだの?」

美代子は興味津々だ。

「あぁ……うまい」

きよはあっさり認めた。

「ダメだよ、そんじゃ。そういうとごろが茨城のダメなとごだよ、もう」

君子に叱られても、本当にうまかったと言って、きよはまたガハハと笑った。

次に、みね子の話になった。みね子は家族それぞれに何通も手紙を送ってきていると言うと、きよは「いい子だねえ」と心底感心してくれたのだが、美代子は素直に喜べなかった。

「いい子過ぎます。私がそうさせてしまってるんだ。あの子は、本当はのんびり屋で、ほんやりしてでさあ、小さい頃は。気が付くとそごらで寝でで、みね子じゃなくて猫みてえだなって言ってたような子なんだよ、本当は」

「そうだったねえ」と君子も昔を懐かしむ目でうなずいた。

「でも、父親が出稼ぎ行ぐようになった頃がらさ、自分がしっかりしなくちゃいげないんだって思うようになったんだろうね。そっからだよ、あんなふうになったのは。わがままとが言わねえし、全然私を困らせない。おまげに実さんいなぐなっちまって。あんなボーッとしてた子が、今じゃ、あの小さい体で、この家を支えでんだよ。泣けでくるよ、本当に」

「んだな」

きよは改めて谷田部家のこの数年の苦労を思い、静かにうなずいた。

「本当なら、今は皆、女の子だって、たくさん夢持ってさ、我慢なんかしねえで、やりたいこどやれる時代になってるっつうのにさ。私のせいだな。このウヂのせいで、全然自由じゃないんだなって思うんだ」

そんな美代子の言葉を、君子は柔らかく否定した。

「そんなこど思わないよ、あの子は。東京行ぐ前にウヂに遊びに来たとぎにさ、言ってだよ、世界でいちばんお母ちゃんのことが好きだって。尊敬してるし、憧れてるし、お母ちゃんみてえになりてえんだって、目キラキラさせで言ってたよ」

みね子がそんなふうに思ってくれていたと聞き、美代子は胸がいっばいになって、何も言えなくなった。きよは既に顔をグチャグチャにして泣いている。君子は静かに続けた。

「なんか想像できねえよねえ、あの子らが東京で働いでるなんてさぁ。想像しただけで、なんだろ、胸がきゅ〜っと痛ぐなるよ。テレビとがで東京でなんか事件があったととが見っと、事故とがさぁ、息が苦しくなっちまうんだよ」

美代子もきよも大きくうなずいた。とにかく子供たちに嫌なことが起こらないでほしい。子供が悲しい思いをするのは嫌だ。東京でしっかり働けるくらい成長したとしても、やっばり子供は子供なのだ。つらい思いをするのなら代わってやりたいと、三人の母は心底思っていた。

「んだねえ……私、思いっきし泣いでもいいが?

美代子の言葉に、「うん」と君子がうなずき、きよが「泣げ、美代子」と言った途端に、美代子は堰(せき)を切ったように泣き始めた。ワアワアと子供みたいに泣いた。一緒に暮らす舅(しゅうと)と幼い子供たちの前では流せない涙だった。

同じ母の立場だからこそ、心おきなく涙を流し合えた。三人の母は、それぞれの子供を思って思い切り泣いたのだった。

 

(第8週「夏の思い出はメロン色」につづく)

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